橋本龍太郎

(はしもとりゅうたろう)
政治家。元衆議院議員(14期)。元内閣総理大臣。同じく政治家・衆議院議員であった橋本龍伍の息子。やはり同じく政治家・衆議院議員である橋本岳の父。やはり政治家で高知県知事などを務めた橋本大二郎の兄。大勲位菊花大綬章受章者。岡山県の総社市名誉市民でもある。

内閣総理大臣まで登り詰めたことで特に知られているが、そのほか、運輸大臣、厚生大臣、通商産業大臣、大蔵大臣、沖縄開発庁長官、沖縄及び北方対策担当大臣、行政改革担当大臣、規制改革担当大臣などの要職も歴任した。また、所属政党である自由民主党では、総裁のほか、幹事長、政務調査会長なども務めた。

1937年、東京都渋谷区に生まれる。慶應義塾大学を卒業後、呉羽紡績株式会社(現在の東洋紡株式会社)への勤務や、衆議院議員であった西村英一の秘書などを経て、1963年の衆議院議員選挙に旧岡山2区より出馬、初当選を果たす。以後、14期に渡って当選し、衆議院議員を務めながら、上述した要職を歴任した上、1996年に内閣総理大臣に就任。1998年に参議院議員選挙での自民党敗北を受けて、責任を取る形で首相を辞任した。

2001年には、再び自由民主党のトップを目指して同党総裁選挙に出馬するも、のちに内閣総理大臣となる小泉純一郎氏に敗退。その後、2005年に政界を引退した。

著書に、「わが胸中に政策ありて」「政権奪還論」「馬越恭平」「燃える剣」「橋本龍太郎外交回顧録」などがある。

東京都新宿区にある医療センターにて死去。死因は、腸管虚血に伴う敗血症性ショックによる多臓器不全であった。68歳。1ヵ月ほど前に、腹痛により緊急搬送され、大腸などを切除する手術を受けたのち、入院生活を送っていた。

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