(あんどうももふく)
実業家・企業家。インスタントラーメンを中心とした大手食品加工会社である日清食品株式会社を創業し、「カップヌードル」や「チキンラーメン」など数々のヒット作を開発したことで知られている。藍綬褒章・勲二等瑞宝章・紺綬褒章受章者・勲二等旭日重光章受章者。大阪府池田市名誉市民。
「百福」という名前は珍しいものであるが、元々台湾出身で、「呉百福」(ゴー・ペクホク、ご・ひゃくふく)の名で生まれた。1966年に日本国籍を取得して、帰化を果たしている。
1948年に日清食品を創業、代表取締役社長・会長を務めながら、世界の食文化に多大なる影響を及ぼした。また、WINA(世界ラーメン協会)会長、公益財団法人安藤スポーツ・食文化振興財団理事長、一般社団法人日本即席食品工業協会会長、一般財団法人漢方医薬研究振興財団会長、財団法人いけだ市民文化振興財団会長などの要職を歴任した。1992年には、科学技術庁長官賞(功労者賞)を受賞。
著書に、「奇想天外の発想」「食足世平」「苦境からの脱出」「安藤百福語録」「魔法のラーメン発明物語」「食は時代とともに」「 100歳を元気に生きる」「インスタントラーメン発明王安藤百福かく語りき」「転んでもただでは起きるな!」「食欲礼賛」「食の未来を考える」などがある。
また、「プロジェクトX・挑戦者たち」や「昭和偉人伝」、「奇跡体験!アンビリバボー」など、その生涯を描いたドキュメンタリー番組は、各テレビ局にてこれまでに多数放送されている。
大阪府池田市にある病院にて死去。死因は、急性心筋梗塞であった。96歳。前日まで精力的に仕事を続けていたが、早朝に高熱を発し、病院に運ばれたが亡くなったという。死去に伴い、アメリカの高級日刊新聞「ニューヨーク・タイムズ」を始め、世界中のメディアが哀悼のコメントを掲載した。また、翌月には、大阪府大阪市にある京セラドーム大阪にて「宇宙葬」と冠された壮大な社葬が実施され、約6,500人が参列した。