政治家(ベトナム)。最高指導者であるベトナム共産党中央執行委員会書記長。2018年から2021年までは国家主席も兼任していた。
1944年、ベトナムの首都ハノイにあるドンアイン県(当時はフランス領)に生まれ、ハノイ総合大学(現在のハノイ国家大学)を卒業後、ベトナム労働党(のちのベトナム共産党)に入党。政治家としての活動を開始した。国会議長などを経て、党内序列1位の最高指導者となる中央執行委員会書記長には2011年より就任。党支配をクリーンなものにすべく反汚職を掲げる一方、党幹部らが相次いで汚職に絡み失職。当人への権力集中を危惧する声もあがった。また、昨今は高齢を心配する向きもあったが、後継者選びは難航しており、2021年の党大会において党規約に定められている規程を超え、異例の3期目に突入していた。
2015年7月には、最高指導者としてベトナム戦争後に初めてアメリカを訪れ、バラク・オバマ大統領(当時)とホワイトハウスにて対談したほか、同年9月には来日も果たし、東京都内で講演を行っている。
ハノイ市にある病院にて死去。死因は病気とされているが、病名などの詳しいことは明らかにされていない。80歳。亡くなる前日である18日にベトナム共産党より、治療への専念を理由に、当人の業務を序列2位にあたるトー・ラム国家主席が務めるとの発表があったばかりであった。