荒木田裕子

(あらきだゆうこ)
元バレーボール選手・バレーボール指導者。日本代表として、1976年にカナダ・ケベック州モントリオールで開催されたオリンピックの女子バレーボールにて、金メダル獲得に貢献したことで有名。また、2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピックでは、組織委員会の副会長も務めた。

そのほか、日本バレーボール協会強化事業本部長および女子強化委員会ゼネラルマネージャー、日本オリンピック委員会(JOC)理事、同プログラム委員、同アスリート専門部会長、アジア・オリンピック評議会理事、全日本野球協会理事、全国ラジオ体操連盟会長などの要職も歴任。

1954年、秋田県仙北郡(現在の仙北市)に生まれ、秋田県立角館南高等学校を卒業後、1972年に強豪の日立製作所バレーボールチーム(のちの日立ベルフィーユ)に加入した。翌1973年には日本代表にも選出。献身的なプレイでチームを支え、上述の通りモントリオールオリンピックでの金メダル獲得に導いた。1978年に現役を引退。その後は、アジア人女性として初めての国際公認コーチとなるなど、世界中に広がる人脈を活かしながら、バレーボールのみならずスポーツ界の発展に幅広く貢献した。

主な受賞歴に、日本テレビ放送網および読売新聞社が共催する日本スポーツ賞を始め、朝日賞、朝日体育賞、河北賞、ホワイトベアー賞など。

死因などの詳細は明らかになっていない。70歳。

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