釜本邦茂

(かまもとくにしげ)
元サッカー選手・サッカー指導者・実業家。また、自由民主党所属の政治家として、参議院議員を1期務めたこともある。JFA(日本サッカー協会)顧問。サッカー選手としてはFW(フォワード)のポジションで活躍し、「日本史上最高のストライカー」と評され、日本代表でも主軸として躍動した。

1944年、京都府京都市生まれ。1960年、京都市北区にある京都府立山城高等学校でサッカー部に入部。全国高校サッカー選手権にて準優勝を果たすなど頭角を現し、早稲田大学入学後も、関東大学リーグでの優勝、得点王獲得などの実績を残す。1967年、ヤンマーディーゼルに入社し、サッカー部(のちのセレッソ大阪)に入る。以後、1968年のメキシコオリンピックで得点王となり、銅メダル獲得に貢献するなど、日本代表として通算史上最多の75得点を記録。不世出のストライカーとして名を馳せた。日本リーグでの通算成績は、251試合に出場、202得点。得点王は実に7回の獲得を誇る。

現役引退後はヤンマーディーゼルの監督を務めたほか、1991年にはプロリーグ参加が内定していた松下電器産業(現在のパナソニック)のサッカー部(現在のガンバ大阪)監督に就任するなど、指導者としても活躍した。1996年、日本サッカー協会理事就任。2005年、第1回日本サッカー殿堂掲額者に選定。

釜本邦茂 死因

大阪府内の病院にて死去。死因は、病気であった。81歳。直接の死因となった病名などは明らかにされていないが、病気療養中だったという。

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