元プロ野球選手・メジャーリーガー(投手)。「ウィリー・エルナンデス」と表記・発音されることも多い。特に、デトロイト・タイガース時代に貴重なサウスポーのクローザー(抑え投手)として活躍し、サイ・ヤング賞やア・リーグMVP(最優秀選手)に輝いたことで知られている。
1977年にシカゴ・カブスにてメジャーリーグ・デビュー。主にセットアッパー(中継ぎ投手)として活躍後、1983年のフィラデルフィア・フィリーズを経て、1984年にデトロイト・タイガースに移籍。同年、80試合に登板し、9勝3敗32セーブ、防御率1.92という好成績を記録し、上述の通りサイ・ヤング賞やMVPを獲得したほか、オールスターゲームにも出場した。また、ワールドシリーズでも7戦中5試合に登板するなどの活躍を見せ、チームの優勝に大きく貢献。翌年の1985年、及び翌々年の1986年にもオールスターゲームに出場(3年連続)。デトロイト・タイガースにおける絶対的な守護神として君臨した。
1989年にデトロイト・タイガースを解雇される。その後、マイナーリーグでプレイするなど、1990年代前半までたびたびメジャー復帰を試みていたが、その希望は果たせず、そのまま現役引退となった。
プロ通算成績は、1977~1989年の13年間の稼働で744試合に登板、70勝63敗147セーブ、防御率3.38だった。
また、上述したサイ・ヤング賞やMVPのほか、1984年7月には、レギュラーシーズンの4~9月にかけて各月に最も活躍した投手が選出されるピッチャー・オブ・ザ・マンスも獲得している。
アメリカ合衆国南東部・フロリダ州セブリングにある自宅にて死去。死因などの詳細は明らかにされていない。69歳。死去の事実は、デトロイト・タイガースの広報担当者によって公表された。