達磨省一

(だるませいいち)
野球指導者・審判。元日本高校野球連盟理事。大阪府吹田市に本拠を構える関西大学の野球部監督時代、大学史上初となる4冠を達成するなどの功績を残したことで一躍その名が知られることとなった。そのほか、高校野球の審判や解説者としても有名。

1936年、石川県金沢市に生まれ、大阪府にて育つ。甲子園(全国高等学校野球選手権大会)の出場経験はないが、関西大学に進学後、上田利治や村山実と同期のピッチャーとして活躍し、全日本大学野球選手権大会の優勝メンバーにもなった。

大学卒業後、大阪産業大学高等学校の教員として野球部監督に就任したのをきっかけに、指導者としての道を歩み始める。以後、上述の通り輝かしい功績を残したほか、甲子園などにおいて高校野球の審判員も務めた。さらには、日本高校野球連盟評議員、同連盟技術・振興委員長なども歴任した。

大阪府大阪市内にある病院にて死去。死因は、肝不全であった。79歳。死去の事実は、本人の意向によりすぐには公にされず、1ヶ月以上が経過したのちに関西大学野球部および日本高校野球連盟によって発表された。

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