大村はま

(おおむらはま)
国語教師・国語学者・国語教育研究家。ドイツ・西洋中世などの哲学研究者で、東京都立大学名誉教授でもある大村晴雄の姉。勲五等瑞宝章受章者。

1928年に、東京都杉並区の私立大学である東京女子大学を卒業、公立学校教員を経て、1937年に長野県諏訪市にある諏訪高等女学校(現・諏訪二葉高等学校)に赴任。学び・教えを的確に踏まえた鋭い言語感覚を持ち、独創的な授業を行う教師として生徒の信頼を集める傍らで、国語教育に対する研究を始める。その後、東京府立第八高等女学校(現・都立八潮高等学校)、東京都江東区立深川第一中学校、東京都目黒区立第八中学校、東京都中央区立文海中学校など、数々の学校にて教鞭を執り、1980年、73歳のときに退職。52年間に渡る教師生活に終止符を打った。

その間、一人ひとりの生徒に応じた教材によって課題解決を目指す独自の授業手法「大村単元学習」を生み出しながら教師業務に励む一方、「中学教育技術国語科」への寄稿や「国語教育実践研究発表会」の開催など、一貫して国語教育の発展と向上に尽力。主な受賞歴には、広島大学ペスタロッチー賞(現・ペスタロッチー教育賞)、東京都教育功労賞、日本教育連合会賞などがある。

教師退職後も、「大村はま国語教室の会」を主宰するなど教育の発展と振興に尽力し、著述活動や講演などを積極的に行いながら、教師における指導力向上の必要性を訴え続けた。

主な著作に、「やさしい国語教室」「やさしい漢字教室」「国語教室の実際」「ことばの勉強会」「教えるということ」「読書生活指導の実際」「国語教室おりおりの話」「大村はまの国語教室」「教室をいきいきと」「教室に魅力を」「授業を創る」「教室で学ぶ」「日本の教師に伝えたいこと」「創造の世界」「私が歩いた道」「大村はまの日本語教室」「教師大浜はま96歳の仕事」「教えることの復権」「灯し続ける言葉」「かけがえのなきこの教室に集う」「22年目の返信」「忘れえぬことば」「学びひたりて」などがある。その他、「小学漢和辞典」「正しい使い方がわかる学習慣用語句辞典」「三省堂例解小学漢字辞典」など、辞書・辞典の共著も多数。

死因は、くも膜下出血であった。98歳。

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