藤田元司

(ふじたもとし)
元プロ野球選手(投手)・監督。引退後は解説者や評論家も務めた。特に、読売ジャイアンツ(巨人軍)の監督として長嶋茂雄や王貞治のあとを受け継ぎ、リーグ優勝4回(1981年、1983年、1989年、1990年)、うち日本一2回(1981年、1989年)という快挙を成し遂げたことで有名。

慶応義塾大学卒業後、日本石油で社会人野球を経て1957年に読売ジャイアンツに入団。1年目に17勝、翌1958年には29勝、さらに翌1959年には27勝を挙げ、セントラル・リーグで初めてとなる2年連続のMVP(最優秀選手)を獲得するなど、投手の柱として活躍した。

現役時代の通算成績は、稼働8年で364試合に登板、119勝88敗、奪三振924、防御率2.20。主な栄誉や獲得タイトルには、最多勝利(1959年)、最高勝率(1958年、1959年)、その他、上述の通り最優秀選手(MVP、2回)を始め、新人王、ベストナイン、日本シリーズ敢闘賞、東京ドームMVP特別賞、日本プロスポーツ大賞(殊勲賞)、正力松太郎賞など、多数。

著書に、「草野球の戦力強化」「これが本当のプロ野球だ」「子育て人育てには愛と拳骨を」「6154イニングの決断」「耐えて、勝つ」「藤田元司の情のリーダー学」「藤田前監督、巨人軍を語る」「二番打者組織論」などがある。

東京都世田谷区にある病院にて死去。死因は、心不全であった。74歳。

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