星野哲郎

(ほしのてつろう)
作詞家。第2次世界大戦後の日本歌謡界を牽引した代表的な作詞家の1人。「星野哲朗」と表記されることがあるほか、「阿里あさみ」「有田めぐむ」といった多くのペンネームで活動した。紫綬褒章・紺綬褒章・勲三等瑞宝章受章者。東京都小金井市名誉市民(第1号)。山口県東和町(現在の周防大島町)名誉町民。

作詞家として数多くのヒット作を世に送り出す傍ら、一般社団法人日本作詩家協会会長、JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)会長などの要職を歴任した。

代表的な作品に、北島三郎が1965年に発表して140万枚を売り上げる大ヒットを記録した「函館の女」や、水前寺清子が1968年に発表して日本レコード大賞など数々の栄誉に輝いた「三百六十五歩のマーチ」などがある。

その他の作品には、「男はつらいよ」(渥美清)、「女の港」(大月みやこ)、「瀬戸の恋歌」(川中美幸)、「昔の名前で出ています」(小林旭)、「雪椿」(小林幸子)、「純愛のブルース」(渡哲也)、「たそがれの銀座」(ロス・プリモス)、「長州の男」(山本譲二)、「群馬暮色」(藤圭子)、「お金をちょうだい」(美川憲一)、「みだれ髪」「東京ラテン十八番街」(美空ひばり)、「アンコ椿は恋の花」(都はるみ)、「あんたこの世へ何しにきたの」(畠山みどり)、「法師の宿」(橋幸夫)、「兄弟船」(鳥羽一郎)、長崎の夜はむらさき」(瀬川瑛子)、「黄色いサクランボ」(ゴールデンハーフ、スリー・キャッツ)、「思い出さん今日は」(島倉千代子)など、枚挙に暇がない。

著書(共著を含む)に、「紙の舟・わが詞わが友わが人生」「歌、いとしきものよ」「艶歌演歌援歌」「妻への詫び状」「家族ってなんだろう」「妻から母へ」などがある。

受賞歴に、日本作詩大賞を始め、海事功労賞・交通文化賞(ともに運輸大臣から授賞)などがある。

東京都武蔵野市にある病院にて死去。死因は、心不全であった。85歳。

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