グレン・グールド

ピアニスト・作曲家(カナダ)。特に、バッハ作品における偉大な演奏家として知られている。なお、元々はゴールド姓で「グレン・ゴールド」という名前だったが、当時反発が強まっていたユダヤ人に「ゴールド」という姓が多いという理由で「グールド」に改姓。「グレン・グールド」となった。

カナダ最大の都市トロントに生まれ、ピアニストの母、ヴァイオリニストの父の下で音楽に触れながら育つ。1940年、実に7歳にして地元トロントの王立音楽院に合格する。1944年には、11歳でピアノ・コンペティションに優勝。1945年にデビューを果たす(当時はオルガン奏者としてのデビューだった)。1946年には地元トロントを本拠とするオーケストラ「トロント交響楽団」との共演を果たし、本格的にピアニストとしての道を歩み始める。同年、王立音楽院を最年少かつ最優秀の成績をもって卒業。1947年には初のリサイタルを行うなど順調にキャリアを重ねていった。主にバッハに傾倒し、演奏活動のベースを常にバッハに置いていたため、録音作品にもバッハの楽曲が多い。

作曲した主な作品には、「弦楽四重奏曲」「リーバーソン・マドリガル」「バスーンとピアノのためのソナタ」「ピアノソナタ」「ピアノのための2つの小品」などがある。

録音作品には、「ゴルトベルク変奏曲」(バッハ)、「パルティータ」(バッハ)、「イタリア協奏曲」(バッハ)、「平均律クラヴィーア曲集」(バッハ)、「フランス風序曲」(バッハ)、「小プレリュードと小フーガ集」(バッハ)、「ピアノ協奏曲」(バッハ)、「ピアノ・ソナタ」(モーツァルト)、「ピアノ・ソナタ第10番」(モーツァルト)、「ピアノ曲全集」(シェーンベルク)、「4つのバラード」(ブラームス)、「2つのラプソディー」(ブラームス)、「ピアノ・ソナタ」(ベートーヴェン)、「ピアノ協奏曲」(ベートーヴェン)、「ピアノ・ソナタ」(ヒンデミット)など、多数。

主な著述や講演テーマには、「ペトゥラ・クラーク探求」「電気時代の音楽に関する議論」「シェーンベルクにおけるひとつの展望」などがある。

死因は、脳卒中であった。50歳。1週間ほど前に脳卒中により緊急入院。懸命な治療にもかかわらず容体が悪化の一途を辿ったため、父親の判断により延命措置を停止。息を引き取った。

タイトルとURLをコピーしました