逸見政孝

(いつみまさたか)
アナウンサー・司会者・タレント。フジテレビのアナウンサーから、フリーに転身した。エッセイストであった逸見晴恵の夫。俳優・タレントである逸見太郎、及び女優・タレントである逸見愛の父。

「3時のあなた」「FNNスーパータイム」「FNNニュースレポート」などのニュース・報道・情報番組や、「オールスター家族対抗歌合戦」「夕やけニャンニャン」「オレたちひょうきん族」「とんねるずのみなさんのおかげです」「夜のヒットスタジオDELUXE」「世界の常識・非常識!」「新春かくし芸大会」「FNS大感謝祭」「平成初恋談義」「クイズ世界は SHOW by ショーバイ!!」「クイズ日本昔がおもしろい」といったバラエティ番組・クイズ番組などで活躍した。

「たけし・逸見の平成教育委員会」「いつみ・加トちゃんのWA-ッと集まれ!!」「加トちゃん逸見のクイズスターの素顔ウラ顔」「いつみても平平凡凡」「いつみても波瀾万丈」「逸見のその時何が!」など、自らの名前がタイトルについた冠番組も多かった。

さらに、「金メダルへのターン!」「アナウンサーぷっつん物語」「パパはニュースキャスター」「おニャン子ザ・ムービー危機イッパツ!」「コミック雑誌なんかいらない!」など、テレビドラマや映画にも(多くは本人役で)出演した。

著書に、「マジメまして逸見です」「魔法のまじめがね」「ガン再発す」「素敵します 新装開店いっつみいさん」などがある。

全盛期には、あまりの人気の高さに、アナウンサーとしては史上初のブロマイドが制作された他、「眼鏡をはずした恋」「ナイスチョット」などのシングル曲まで発表するに至った。

晩年は、胃癌と診断され、手術や入院などの闘病生活を送りながらも精力的に仕事をこなした。しかしながらほどなくして再発、異例の緊急記者会見を行い、スキルス胃癌であることを告白した。自らの病状や公表に至った経緯などを丁寧に説明するその姿や、その際に発した言葉「48年の生涯で最大のピンチだと思う」「闘ってきます」といった言葉は、多くの人々の胸を打った。その後、大手術を行い、仕事を完全休止して療養生活を送っていたが、病状は悪化の一途を辿り、ついには帰らぬ人となった。

死因は、スキルス胃癌・再発転移による癌性悪液質であった。48歳。

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