橋爪四郎

(はしづめしろう)
スポーツ指導者・元競泳選手。勲四等旭日小綬章受章者。

1952年ヘルシンキオリンピックの競泳男子1500m自由形にて、銀メダルを獲得したことで有名。その前回大会となる1948年のロンドンオリンピックでもメダル獲得の有力候補だったが、敗戦国だった日本は参加が認められず、実現はならなかった。その代わりとして日本水泳連盟により開催された全日本水上選手権大会において、1500m自由形で世界記録(当時)を上回る18分37秒8を記録したが、日本が国際水泳連盟(FINA)から除名されていたことで公認はされていない。その後、日本選手権を連覇するなどの活躍を見せ、ヘルシンキオリンピックの栄誉へと繋がった。現役選手の引退後は、指導者として後進の指導に尽力した。

死因は、前立腺癌であった。94歳。

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