近藤勝重

(こんどうかつしげ)
コラムニスト・毎日新聞客員編集委員。毎日新聞大阪本社版「近藤流健康川柳」の選者のほか、「サンデー毎日」の編集長を務めていたことなどで知られている。

1945年、愛媛県新居浜市生まれ。早稲田大学を卒業後、地元愛媛県にある南海放送での記者生活などを経て、1969年に毎日新聞社へ入社し、夕刊の編集長や論説委員などを歴任。同社大阪社会部配属時には、のちに著名なジャーナリストとなる鳥越俊太郎氏の後任として大阪府警捜査2課担当も経験した。上述した「健康川柳」は2007年4月より連日掲載され、当人が出演していたMBSラジオ番組「しあわせの五・七・五」との共催企画として人気を博した。

出演したラジオ番組は、上述のMBSラジオ「しあわせの五・七・五」を始め、「野村啓司の懐メロ♪ジュークボックス」「K・プロジェクト」「金曜まるごと清水國明」「荒川強啓 デイ・キャッチ!」「ノムラでノムラだ♪木曜日」「今日は日曜♪野村啓司のラジオなひととき」「スパイス・金曜かわら版」「はやみみラジオ!水野晶子です」「with・・・夜はラジオと決めてます」「週刊ますだスポーツ」「ナイターのあともラジオと決めちゃいます?」など、多数。テレビでは、TBSテレビ制作の全国ネット番組「ビッグモーニング」にコメンテーターとして不定期出演していた。

著書に、「大阪スペクタクル」「笑売繁盛」「やすし・きよしの長い夏」「人の心を虜にする”つかみ”の大研究」「となりのハハハ」「となりのヒヒヒ」「大阪の常識・東京の非常識」「しあわせの雑学」「一日一句医者いらず」「しあわせの六十越え」「しあわせの一日一笑365」「早大院生と考えた文章がうまくなる13の秘訣」「しあわせの五・七・五」「書くことが思いつかない人のための文章教室」「今日という一日のために」「ますます健康川柳」「13歳から身につける一生モノの文章術」「昭和歌謡は終わらない」「ますます健康川柳」「破滅」などがある。

死因は、膿胸(のうきょう)であった。79歳。なお、膿胸とは、全身性の敗血症や外傷などを主な原因として、胸腔内に膿性滲出液(感染性の胸水)が貯留した状態となり、重篤に陥る病態を指す。

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