森慎二

(もりしんじ)
元プロ野球選手(投手)・コーチ・監督。西武ライオンズの抑え投手としてリーグ優勝にも貢献、その後独立リーグで監督を務めるなどした。

アマチュア時代には社会人野球で投手として活躍。新日鐵君津(現・日本製鉄かずさマジック)に所属し、都市対抗野球大会(1996年)で優秀選手賞を獲得するなどプロからも注目を集め、その後西武ライオンズよりドラフト2位指名を受けて入団。1997年シーズンは1年目にもかかわらず38試合に登板、6勝(9セーブ)と結果を残し、チームがパシフィック・リーグで優勝する一翼を担った。

以後、主にストッパー(抑え投手)として活躍。2002年から2004年シーズンには、3年連続でオールスターゲームにも出場した。2005年シーズン終了後に、ポスティングシステムを活用した大リーグ(アメリカ・メジャーリーグ)への挑戦意思を表明。タンパベイ・レイズ(当時の名称はタンパベイ・デビルレイズ)との契約を果たしたものの、怪我の影響もあって出場のないまま2年後に契約解除となった。

2009年シーズンからは、石川ミリオンスターズの選手兼コーチとして独立リーグ(BCリーグ)にて活動。以後、選手兼任で監督も務めるなどした。2014年に石川ミリオンスターズを退団、翌2015年シーズンからは埼玉西武ライオンズの投手コーチとなる。

西武ライオンズにおける選手(投手)としての通算成績は、1997年から2005年までの9年間稼働で431試合に登板、44勝44敗50セーブ、奪三振755、防御率3.39だった。2002年と2003年には、2年連続で最優秀中継ぎ投手として表彰されている。石川ミリオンスターズにおける通算成績は、2013年・2014年の2年間稼働で23試合に登板、0勝0敗0セーブ(勝ち負け付かず)、奪三振19、防御率3.60だった。

福岡県福岡市にある病院にて死去。死因は、溶連菌の感染に伴う敗血症(壊死性筋膜炎)であった。42歳。体調不良により入院、療養生活に入ったところ、僅か3日後に亡くなってしまった。

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