横田忠義

(よこたただよし)
元バレーボール選手・元バレーボール全日本代表・元バレーボール全日本女子監督。Vプレミアリーグの福岡ウイニングスピリッツで活躍するバレーボール選手である横田一義の父。

1968年のメキシコオリンピックにて、男子バレーボールの銀メダルに貢献。また、1972年のミュンヘンオリンピックでは、エーススパイカーとして活躍し、見事に金メダルを獲得した。1976年のモントリオールオリンピックは4位に終わった。

ミュンヘンオリンピックでは、クロススパイクなどによる強烈な攻撃力で、森田淳悟・大古誠司と共に「ビッグスリー」と呼ばれるスタイルを形成、金メダル獲得に大いに貢献した。準決勝のブルガリア戦では、腰痛に悩まされながらも強行して出場、0-2からの勝利は「奇跡の逆転」と称えられた。

引退後は、日本電気ホームエレクトロニクスや、全日本女子で監督を務めた。

死因などの詳細は不明。75歳。死去するまで、長い闘病生活を送っていたという。

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