木戸美摸

(きどよしのり)
元プロ野球選手(投手)・指導者。1950年代後半から1960年代にかけて、セントラル・リーグの巨人(読売ジャイアンツ)で投手として活躍した。

兵庫県加古川市に生まれ、兵庫農業短期大学附属高等学校(現在の兵庫県立農業高等学校)を卒業後、1955年、巨人軍(読売ジャイアンツ)に期待の右腕として入団。翌1956年には3勝、翌々年の1957年には17勝を挙げ、最高勝率の栄誉を獲得。しかしながら、1958年以降は調子を崩すことも多く、1961年をもって現役を引退した。

現役引退後は、1軍投手コーチ、2軍育成担当チーフコーチ、3軍監督、選手寮長、スカウト担当などを務め、巨人軍の発展に貢献した。

プロ通算成績は、1956年から1961年までの稼働6年間で、131試合に登板、26勝15敗、奪三振246、防御率3.28であった。興和株式会社が提供する医薬品「コルゲンコーワ」のキャラクターに似ていることから、チーム内では「コルゲンコーワ」と呼ばれていたという逸話もある。また、1956年の広島カープとの対戦後、敗戦によってフラストレーションが爆発した広島カープファンからグラウンドに投げ込まれたビール瓶が右足に当たり、2針を縫う怪我を負ったという通称「木戸美摸投手負傷事件」も有名である。

著書に、「巨人軍の息子たちへ – ジャイアンツ組織論・指導論」など。

神奈川県相模原市にある自宅にて死去。死因は、虚血性心不全であった。86歳。死去の事実は、11日が経過したのちに巨人(読売ジャイアンツ)より発表された。

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